東京地方裁判所 平成10年(行ウ)14号 判決 1999年3月18日
原告
社団法人京都府医師会
右代表者理事
横田耕三
右訴訟代理人弁護士
村田敏行
同
置田文夫
被告
中央労働委員会
右代表者会長
花見忠
右指定代理人
若菜允子
同
濱田直樹
同
田中正則
同
吉住文雄
同
杉田美恵子
同
三嶋伸広
被告補助参加人
京都府医師会労働組合
右代表者執行委員長
平岡春樹
被告補助参加人
京都医療労働組合連合会
右代表者執行委員長
鷲見敏夫
右補助参加人ら訴訟代理人弁護士
川中宏
同
浅野則明
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は、補助参加によって生じたものを含め、原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
被告が中労委平成八年(不再)第一八号事件について平成九年一二月三日付けでした命令を取り消す。
第二事案の概要
補助参加人らは、平成七年度の春闘に関する団体交渉において、原告がベースアップ(以下「ベア」という。)ゼロとする具体的な根拠を説明せず、客観的な資料も示さなかったのは、誠実な団体交渉が行われたものとはいえず、右は労働組合法七条二号に該当する不当労働行為であるとして、京都府地方労働委員会に対し、原告を被申立人として不当労働行為救済の申立てをし(京労委平成七年(不)第三号)、同地方労働委員会は、「被申立人社団法人京都府医師会(原告)は、申立人京都府医師会労働組合(被告補助参加人)と、平成七年度賃上げについて、ベースアップを実施できないとする被申立人の主張の合理的な根拠及びこれを裏付けるに必要な資料を提示し、十分な説明を伴った団体交渉を行わなければならない。」との救済命令を発した(以下「初審命令」という。)。
本件は、原告が、初審命令を不服として被告に対し、平成八年五月二八日、再審査申立てをしたが(中労委平成八年(不再)第一八号)、被告が平成九年一二月三日付けで右申立てを棄却し、初審命令を維持する旨の命令(以下「本件命令」という。)を発したので、原告が、本件命令は、事実認定を誤り、その判断が違法であるとして、その取消しを求めた事案である。
一 前提となる事実(争いのない事実のほか証拠によって認定した事実を含む。)
1 当事者
原告は、京都府内の医師を会員とし、医療の普及・充実、看護専門学校の設立・運営及び会員医師の相互扶助の事業を目的とした団体であり、平成七年七月二〇日当時、原告に雇用されている職員は、事務局職員及び看護学校専任教員(以下「教員」という。)を併せて六二名である。
被告補助参加人京都府医師会労働組合(以下「補助参加人組合」という。)は、昭和二九年四月に医師会職員によって結成された労働組合であり、平成七年七月二〇日当時の組合員は三六名である(<証拠略>)。
被告補助参加人京都医療労働連(ママ)合会(以下「補助参加人医労連」という。)は、昭和二八年八月京都府内の医療関係諸機関で働く労働者が主体となって組織された労働組合の連合体として設立されたものであり、補助参加人組合の上部団体である(<証拠略>)。
2 平成七年度春闘に関する団体交渉の経緯(以下右団体交渉を「本件団体交渉」という。この項で述べるのはすべて平成七年に行われた団体交渉の経過なので、月日のみ記す。)
(一) 二月二四日、補助参加人らは、原告職員の基本給の増額等を内容とする文書として、要求書(<証拠略>)及び統一要求書(<証拠略>)(以下「要求書等」という。)を原告に連名で提出した。
(二) 二月二八日、補助参加人組合と原告は第一回団体交渉を行った。原告側の出席者は、北村道夫局長、小野昭司次長(以下「小野次長」という。)及び村山克己次長(以下右三名を「北村局長ら三名」という。)であった。この交渉において、補助参加人組合は要求書等の説明を行い、職員の基本給に係る賃金水準が相対的に低下していること(<証拠略>)を指摘するとともに、特に教員の賃金水準の引上げを強く要求し、同年三月一五日までに文書で回答するよう求めたが、原告から同日までに回答はなかった。
(三) 三月一日、原告の総務部担当の理事約一〇名で構成する定例の総務部会が開催され、要求書等について協議した。しかし、この時点では、春闘が始まったばかりで、まだ一般情勢が明らかでなかったため、同部会は回答原案の作成には至らず、同部会の主なメンバーである原告会長横田耕三、副会長一名、労務担当の早川道雄理事(以下「早川理事」という。)及び労務副担当の清益理事(以下右四名を「横田会長ら四名」という。)にこれを一任した。その際、同部会は、他企業や春闘要求に対する回答状況を勘案して決定するよう指示した。
(四) 三月一六日、補助参加人組合との団体交渉に先立って原告の理事会が開催され、早川理事は、同月一日の総務部会で原告の回答原案の作成が横田会長ら四名に一任されたことなどを説明した。また、早川理事は、春闘における世間相場の一つのモデルとして、同月一六日の日本経済新聞朝刊に掲載された「鉄鋼、ベアゼロ濃厚に」との記事(<証拠略>)を紹介した。
この理事会において、賃上げについては、定期昇給に諸手当を加えた額程度で考えること、具体的な数字は世間相場を勘案すること及び教員については原告の事務局職員よりも若干上回った額とすることが決定され、横田会長ら四名に回答原案の作成が一任された。
そこで、横田会長ら四名で協議した結果、原告のように、事務局職員・教員の区別はあるものの、すべての職員に対し同一の給料表が適用され、一年経てば全員一号ずつ基本給が上がるという単一賃金体系を採っているところでは、手当を重視するべきであり、回答額は世間相場を考えて定期昇給に諸手当を加えた額程度とすることになった。最終的には、事務局職員及び教員のそれぞれについて、平均賃金(平成七年三月一日現在)に対する引上額合計(基本給+諸手当)の割合(以下「引上率」という。)を、事務局職員については二・五〇パーセント、教員については二・七〇パーセント、全体の平均では二・五九パーセントとすることとした。
(五) 三月一六日、補助参加人組合と原告は第二回団体交渉を行った。原告側の出席者は、早川理事、北村局長ら三名(以下右四名を「早川理事ら四名」という。)及び梅原教務部長(以下「梅原部長」という。)であった。交渉において、早川理事は、平成七年度春闘要求のうち賃上げだけについて口頭で平均八二九三円、率で二・五九パーセントと回答した。その際、補助参加人組合から「定期昇給及びベアはいくらになるのか」との質問があり、小野次長は定期昇給七七一八円(引上率二・四一パーセント)、ベア五八五円と説明した。交渉の席上、早川理事は、補助参加人組合の書記長北山善敬(以下「北山書記長」という。)に回答の根拠を問われて、その基準となったのは、鉄鋼、電機、自動車の各業界での回答である旨答えた(<証拠略>)。
(なお、早川理事は、地労委における第三回審問期日において、小野次長はベアの金額として五七五円と回答した旨供述した部分があるが(<証拠略>)、他にこれを裏付ける証拠もなく、直ちに信用することはできないから、この部分は採用できない。)。
(六) 三月二四日、原告は、補助参加人組合に、平成七年度賃金等について、文書で回答したが、ベアについては言及することなく、平均五七四円の諸手当の引き上げを提示した。
同日、補助参加人組合と原告は第三回団体交渉を行った。原告側の出席者は、早川理事ら四名であった。交渉において、早川理事は、前回の団体交渉で提示した回答は間違いで、ベアゼロ、定期昇給七七一八円、諸手当五七四円の合計八二九二円と訂正するとともに、諸手当については一六日の回答に合わせるために五七五円にする旨述べて補助参加人組合に謝罪した。しかし、補助参加人組合は、ベアを実施すれば原告の財政にどのような影響を与えるかを示す資料を提供するよう求めるとともに、ベアについての第二回団体交渉での回答が間違いであったことや、今回の団体交渉での回答での説明にも資料や根拠が一切ないことについて、厳重に抗議した(<証拠略>)。
なお、原告がベアゼロの回答をしたことはここ二〇年余りなかった(<証拠略>)。
(七) 三月三〇日、補助参加人組合と原告は第四回団体交渉を行った。原告側の出席者は、早川理事ら四名及び梅原部長であった。交渉において、早川理事は、前記(四)の理事会の場で紹介した三月一六日の日本経済新聞朝刊の記事を参考に平成七年度賃上げ額を決定し、上場企業について個別に検討した訳ではない旨補助参加人組合に回答した(<証拠略>)。補助参加人組合は、鉄鋼のベアゼロがなぜ原告のベアゼロの回答の根拠になるのか説明を求め、ベアの上積みができない理由を資料で誠実に示すよう求めた(<証拠略>)。
また、補助参加人組合は、平成五年には原告の繰越金が五億四〇〇〇万円程度あることを指摘し、昇給の合計額を八二九三円に押さえる理由について納得できる説明を求めた。しかし、早川理事は、退職金の増額など将来の原告の財政に及ぼす影響を考えておかねばならないことを説明したにとどまり、退職金などにどのくらい跳ね返るかについての資料を補助参加人組合に提示しなかった(<証拠略>)。
(八) 四月六日、補助参加人組合と原告は第五回団体交渉を行った。原告側の出席者は、早川理事ら四名であった。交渉において、早川理事は、京都府における企業の平成七年春季賃金交渉の資料(<証拠略>、以下「交渉状況資料」という。)や新聞記事(<証拠略>)を補助参加人組合に示した。補助参加人組合が、新聞記事が回答の根拠かと指摘すると、早川理事は、根拠というとちょっと言い過ぎになる、回答額の基準を決めるという意味では合理性はないと思う旨答えた(<証拠略>)。
なお、早川理事が補助参加人組合に示した交渉状況資料は、京都府経営者協会が作成した資料で、京都府下の企業の春季賃上げ交渉の結果について、企業名を伏し、ベア、定期昇給等の内訳を示さずに、妥結金額、その平均などを整理したものであり、また、新聞記事は、同月五日の京都新聞の記事で、日経連が全国主要二四業種の大手企業三二二社を対象に平均賃上げ額、アップ率を業種ごとに調査し、春闘の回答、妥結状況の中間集計として発表したものであった。
また、補助参加人組合は、原告が示した交渉状況資料だけでは原告の回答の妥当性を肯定できないとして、原告の回答がこれで十分だとする追加資料の提出を求めるとともに、原告の回答額は八二九三円(引上率二・五九パーセント)であるが、原告では職員が採用された月に該当する月に毎年個別に昇級することになっているため、実際に支払う額である支払原資としては六六六一円(引上率二・〇八パーセント)にすぎないと指摘すると(<証拠略>)、早川理事は、このことも含めて検討するにやぶさかでない旨回答した。
(九) 四月一三日、補助参加人組合と原告は第六回団体交渉を行った。原告側の出席者は、北村局長ら三名及び梅原部長であった。交渉において、原告は、前回交渉で補助参加人組合が指摘した計算に従えば、支払原資としては六六六一円で間違いのないことを確認した(<証拠略>)。
(一〇) 四月二〇日、補助参加人らと原告は第七回団体交渉を行った。原告側の出席者は、早川理事ら四名であった。交渉において、早川理事は、回答は動かせないこと及び回答した額以上は出せないことを主張し、補助参加人らはそれでは話にならないと主張した。
(一一) 五月一五日、補助参加人組合は、原告に文書で、「『これ以上話しても、上積み回答はない』というのは、交渉での解決を拒否すると言うことか。」等について同月一八日までに文書で明確に回答すること及び同日午後六時から団体交渉に応じることを求めた。
同月一七日、原告は、これに対し、文書で、「前回の四月二〇日の団体交渉で言明したとおり、今後話し合いの機会をもっても賃金についての上積みの回答はないということである。」等の回答をした。
(一二) 五月一八日、補助参加人らと原告は第八回団体交渉を行い、原告側の出席者は、早川理事ら四名であった。しかし、交渉において、補助参加人組合は、原告からの回答について説明を受けたが、従来どおりの説明に終わり、補助参加人組合が要求していた賃上げ総額及びベアゼロに関する新たな資料の提出や説明はなされず、交渉に進展は見られなかった(<証拠略>)。そこで、補助参加人組合及び原告の双方は、京都府地方労働委員会(以下「地労委」という。)へ調停を申請することに合意し、六月二日、平成七年度賃上げ要求について、地労委へ調停を申請した。
(なお、原告は、第八回団体交渉終了まで議論されていたのは賃上げ総額であり、したがって、補助参加人組合が当時要求していたのは、ベアゼロの資料等ではなく、賃上げ総額が八二九三円以上とならない旨の回答についての資料であったと主張する。<証拠略>ないし<証拠略>によれば、第四回ないし第八回の各団体交渉において、賃上げ総額に関する問題が議論されていることは認められる。しかし、<証拠略>によれば、第三回団体交渉において、北山書記長は、「ベアとして基本給部分にもってきてもらわないと。」と発言し、原告に対しベアゼロの再検討を要求していること、一九九五年三月二七日「組合ニュース」には、ベアと手当ではその考え方に大きな違いがあるとして、第二回団体交渉における原告の誤りを強く非難していること、また、<証拠略>によれば、第四回団体交渉において、北山書記長は、ベアを実施しない鉄鋼の例だけを紹介して、なぜベアゼロが原告の回答となるのかとの趣旨の発言をしていることなどが認められる。さらに<証拠略>によれば、第八回団体交渉においても、補助参加人組合から補助参加人医労連の回答が平均一万一〇〇〇円であることを引用し、原告の賃上げ総額が八〇〇〇円であることについて説明を求める一方、ベアに関しても「ベアゼロでは終われない。」旨の発言のほか、第二回団体交渉ではベア実施の回答をしながら第三回団体交渉においてベアゼロと回答を変更した原告の態度を非難していることが認められる。これらのことからすると、補助参加人らが、団体交渉の過程で、常に賃上げ総額を問題にしていたことは否定できないとしても、専らそれだけを議論していたということはできず、賃上げ総額を問題とする中で、その内訳に関するベアの問題も重視していたものということができる。そうすると、団体交渉の過程で、ベアゼロと賃上げ総額とを明確に区別しないまま議論されていた場面があったとしても、補助参加人組合が原告に対して要求していた資料等は、賃上げ総額のみならず、ベアゼロに関するものも含んでいたものというべきである。)。
(一三) 六月二二日、地労委で調停委員会が開催され、平成七年度賃上げ額を平均八二九三円(定期昇給七七一九円、ベア五七四円)とする調停案が示され、同月二六日、補助参加人組合は調停案を受諾したが、原告は賃金体系に関する見直しの主張が通らなかったとして受諾を拒否した。
(一四) 六月二七日、補助参加人組合と原告は第九回団体交渉を行った。原告側の出席者は、早川理事ら四名であった。交渉において、補助参加人組合が原告に調停案受諾拒否の理由をただしたところ、早川理事は、調停案については「元々調停委員にのめませんよと言ってきたので、受諾できませんよと回答したんや。」、調停委員から調停案を「のまなあかん義務はないと言われた。」、「給与体系を考えていくというものを通したかった。」などと返答した(<証拠略>)。
(一五) 七月五日、補助参加人組合と原告は第一〇回団体交渉を行った。原告側の出席者は、早川理事ら四名であった。交渉において、補助参加人組合が原告に調停案受諾拒否の理由を再度ただしたところ、早川理事は、賃上げ額については、定期昇給、家族手当及び住宅手当とし、それ以外は待遇改善を行っていきたいとの原告の主張が通らなかったので拒否したと答えた。そこで、補助参加人組合が、原告がベアゼロとした回答の変更をすることはあきらめるよりほかないことかと尋ねたところ、早川理事は回答は変えない、このまま待つしかない旨答えた(<証拠略>)。
(一六) 七月一八日、補助参加人組合は、定期昇給の実施及び夏季一時金の仮払いを求めて、原告を被申請者として地労委にあっせんを申請した。同月二七日、双方はあっせん案を受諾し、あっせんは成立した。あっせん案の内容は次のとおりであった。
<1> 原告は平成七年度定期昇給を速やかに実施する。
<2> 原告は、夏季一時金の仮払いとして、平成七年六月一六日付け回答額(二・〇か月分プラス四万〇六〇〇円を支給することとし、その算定基礎を平成六年度本俸及び生活手当プラス平成七年度定期昇給額とする。)を速やかに支給する。
<3> 補助参加人組合は、前記<1>、<2>の支給後、速やかに組合旗を降ろし、組合掲示板以外のビラを取り外す。
<4> 原告と補助参加人組合は、平成七年度賃上げ等について、引き続き誠意をもって交渉する。
(一七) 八月四日、補助参加人組合と原告は第一一回団体交渉を行ったが、平成七年度の賃上げについて、早川理事は、理事会及び総務部会の雰囲気では回答は動かし難いとして、従前の主張を繰り返すにとどまった(<証拠略>)。
3 命令の存在
京都府地方労働委員会は、補助参加人らの申立てに対し、平成八年五月一五日付けで「1 被申立人社団法人京都府医師会は、申立人京都府医師会労働組合と、平成七年度賃上げについて、ベースアップを実施できないとする被申立人の主張の合理的な根拠及びこれを裏付けるに必要な資料を提示し、十分な説明を伴った団体交渉を行わなければならない。2 申立人のその余の申立てを棄却する。」との救済命令を発した(京労委平成七年(不)第三号、以下「初審命令」という。)。
原告及び補助参加人らの双方が、初審命令を不服として被告に対し、平成八年五月二八日、再審査申立てをしたところ(中労委平成八年(不再)第一八号及び第一九号)、被告は平成九年一二月三日付けで「本件各再審査申立てを棄却する。」との命令(以下「本件命令」という。)を発した。
二 争点
1 本件団体交渉における原告の対応は、労働組合法七条二号の不当労働行為に該当するか(本件団体交渉において、原告は、ベアゼロと主張する合理的な根拠及びこれを裏付けるに必要な資料を提示し、十分な説明を伴った団体交渉をしたかどうか)
2 被救済利益の存否
第三当事者の主張
一 争点1について
1 原告の主張
(一) 原告と補助参加人らの間には、従来から賃金体系に関し根本的な認識、見解の相違がある。すなわち、原告は、現行の単一賃金体系は、能力や働きに応じた合理的な賃金体系になっておらず、悪平等をもたらす不合理、不適正なものであり、ベアはこの悪平等を拡大することになるとの認識の下で、現行の賃金表を改廃し、より合理的な賃金制度に変革することを目指しているが、直ちに改変することは困難であるため、原告は、補助参加人らの春闘要求については、単一賃金体系の拡大を最小限にとどめるべく、世間相場を見ながら、それとかけ離れない範囲でベアや諸手当の内容を決定して回答してきた。
このように基本的な賃金体系の問題について、根本的な認識、見解の相違がある本件労使間においては、ベアをするかしないかの問題は、基本的な賃金に対する考え方の問題であり、単一賃金体系による悪平等の拡大を最小限にとどめるため、単一賃金体系の是正とその根拠、世間相場の動向等を説明することで団体交渉における使用者の対応として必要にして十分というべきである。
(二) 本件団体交渉において、原告は、補助参加人らに世間相場を示す資料を提出しているし、原告の財政状態を示す資料として、決算書が春闘以前に補助参加人組合に配付済みである。さらに、補助参加人組合の組合員が原告の各課等の課長、室長等を務めていることから、団体交渉において資料となる原告の各方面に関するデータは補助参加人組合に熟知されているほか、補助参加人らは、全国公私病院連盟や京都市立病院協会等の賃金実態等に関する各資料を入手し、十分な資料を有しており、原告が団体交渉において改めて形式的に提出することは無駄であり、その必要性はないというべきである。なお、原告の個々の会員や病院のデータの収集は、公表が嫌われて困難であり、この点についての資料作成は近時なされていないので存在せず、提出することはできない。
(三) 右のとおり、原告は、誠実に団体交渉を行ってきたものであるし、初審命令及び本件命令は、漠然として曖昧な内容であり、原告としては資料の作りようもなく、原告を極めて不安定な状態に陥れる不当なものであり、このような命令は許されず、取り消されるべきである。
2 被告の主張
(一) 本件団体交渉においては、ベアゼロの点が議題となっているのであり、京都府経営者協会作成の交渉状況資料並びに新聞記事だけでは不十分である。原告において過去にベアが実施されてきたことに照らせば、平成七年度だけベアゼロの回答をするとすれば、特段の理由が存在すると推認されるところであり、しかも、原告の提出した決算書によれば、多額の繰越金があることも明白であるにもかかわらず、ベアが実施できないとすれば、原告がそれに伴う説明及び資料を提示するのは当然である。
(二) 組合員が課長等の職制の立場で知り得たデータを直ちに組合活動の資料とするならば、地位利用、守秘義務違反の責めを問われることにもなりかねないことであって、組合員が職員として熟知していると思われるデータや組合が別途入手可能な資料であっても、団体交渉において使用者たる原告がその主張に係る資料として提出し、説明する必要がある(少なくとも、当該資料の提出及び説明の意向を表明した上で、その必要性については補助参加人組合の判断にゆだねるべきである)ことは当然である。
(三) また、原告がベアゼロの回答の理由として賃金体系の見直しを主張するのであれば、団体交渉において議題として提案するかあるいはその旨主張すべきであったものと考えられるが、本件団体交渉の経過でそのような提案をした事実は認められない。そもそも賃上げ交渉と賃金制度の改定は別個の問題であり、新賃金体系が提示されるに至っていない段階で、賃金表を検討する糸口として、現行賃金表のかさ上げをしない年度が必要であるとか、将来を考えてベアゼロだという説明に終始することは、まさに補助参加人組合に対する不誠実な対応といわざるをえない。
3 補助参加人らの主張
(一) 原告と補助参加人らとの間で、従来から賃金体系に関して根本的な認識、見解に相違があることは認める。原告がその認識、見解に沿って昭和五九年に「複数賃金体系」を提案したのは事実であり、原告は地労委にあっせんを申請した。その際、地労委において「賃金体系問題検討委員会」が設置され、昭和六一年、最終的に、「原告の基本賃金表は一本とする。課長に昇格すれば、基本給三パーセント(その後四パーセントに増額)+(六〇〇〇円~一万円)の加算を行う。」という職務職階級的要素も導入した内容で労使間の合意に至ったのである。その後、原告が現行賃金体系を変更するよう申し入れた事実はなく、本件団体交渉においてもそのような申入れはなかったのであり、原告の主張するところは、言い逃れか、あるいは真の理由を隠して団体交渉に臨んでいたかであり、いずれにしても原告が誠実に団体交渉に応じていなかったことは明らかである。そもそもベアを実施するかどうかと賃金体系の是正とは別問題であって、原告が賃金体系の変更を望むのであれば、改定協議の申入れを行うべきであり、それをしないで現行賃金体系に対する不満をベアゼロの理由にするのは、右昭和六一年の労使間の合意の精神に反するもので、しかもそれを本件団体交渉の中で主張していないというのは、団体交渉を形骸化しようとするにも程があり、不誠実な団体交渉の典型というべきである。
(二) 原告は、原告の個々の会員や病院のデータの収集や公表は困難であると主張するが、京都市立病院協会は、毎年、加盟病院を対象にして賃金・労働条件実態調査を実施し、その資料は販売されており、原告は賃金事情(産労総合研究所発行)や全国公私病院連盟発行の病院経営分析調査報告及び病院経営実態調査報告を毎年購入しており、これらによって個々の病院における賃金や給与費を知り得るところであり、資料の作成は可能である。
二 争点2について
1 原告の主張
原告と補助参加人らは、補助参加人らが平成七年七月一八日に地労委へ申請したあっせんにおいて、同月二七日に成立した「原告と補助参加人らは、平成七年度賃上げ等について、引き続き誠意をもって交渉する。」との合意に基づいて、同年八月四日、団体交渉を行った。その際、補助参加人らから誠実団交義務違反は主張されていない。一方、原告は、単一賃金体系による悪平等の拡大を最小限に止めるため、世間相場とかけ離れない範囲でという説得を続けたにもかかわらず、補助参加人組合はこれを聞こうとせず、交渉を打ち切り、それ以後補助参加人らから団体交渉の申入れはなされていない。
右によれば、原告は既に前記合意を履行しているのであり、補助参加人ら申立ての被救済利益は失われたというべきである。
2 被告の主張
原告は、依然として、平成七年度ベアゼロの直接的な根拠及び理由を明らかにしていないというべきである。これまで現行賃金表に基づくベアが行われてきた経緯から、新賃金体系を提示するに至っていない平成七年度の段階で、なぜベアを実施できないとするのか、合理的根拠を提示するのは使用者たる原告の当然の義務であって、それはいまだ示されておらず、平成七年度の賃上げについて解決していない状況では、被救済利益は失われていない。
3 補助参加人らの主張
平成七年度の賃上げ交渉は終了していないのであるから、いまだ被救済利益が失われていないことは明らかである。
第四当裁判所の判断
一 本件団体交渉における原告の対応が労働組合法七条二号の不当労働行為に該当するかどうかについて
1 労働組合法七条二号は、使用者が団体交渉をすることを正当な理由がなくて拒むことを不当労働行為として禁止しているところ、使用者が労働者の団体交渉権を尊重して誠意をもって団体交渉に当たったとは認められないような場合も、ここにいう団体交渉の拒否として不当労働行為となるものと解するのが相当である。したがって、使用者は、自己の主張を相手方が理解し、納得することを目指して、誠意をもって団体交渉に当たらねばならず、例えば、交渉事項に応じて、自己の主張の根拠を具体的に説明し、その裏付けとなる客観的な資料等を示し、また相手方の提案に対して譲歩することができないとしても、その根拠を示して反論する等の努力をすべきであって、この努力を怠り、一方的に自己の主張を繰り返し、その結論を押し付けるような場合には、誠意をもって団体交渉に当たらなかったものとして、不当労働行為となることがあるものというべきである。
以下右のような観点から本件について検討する。
2 原告は、全職員に対し、団体交渉に先立って原告の平成五年度の決算書(<証拠略>、「京都府医師会第一四三回定時代議員会議案」)を配布し(<証拠略>)、早川理事は、補助参加人組合に対し、第四回団体交渉において、平成七年三月一六日の日本経済新聞朝刊の「鉄鋼、ベアゼロ濃厚に」との記事を参考に賃上げ額を決定した旨回答し(前記第二、一2(四)、(七))、第五回団体交渉において、交渉状況資料、京都新聞の記事を示したものの、原告は、補助参加人らの要求にもかかわらず、それ以上の資料を示さず、ベアゼロの回答に終始した(前記第二、一2(六)ないし(八)、(一〇)ないし(一二)、(一五)、(一七))。
ところで、交渉状況資料(<証拠略>)は、京都府下の春季賃上げ交渉の結果について、企業名を伏し、ベア、定期昇給等の内訳を示さずに妥結金額やその平均などが記載されたものであり、京都新聞の記事(<証拠略>)は、全国主要二四業種の大手企業三二二社を対象に平均賃上げ額、アップ率を業種ごとに調査し、春闘の回答、妥結状況の中間集計が記載されたものであることは前記第二、一2(八)のとおりである。日本経済新聞の記事(<証拠略>)にしても、鉄鋼、自動車、電機の業界に関するもので、ベアについて言及しているのは鉄鋼のみである。このような資料は、賃上げ総額について、世間の動向を知る上で参考となる余地はあるにしても、ベアに関する世間の動向を知るには不十分であり、また、例えば、従業員数、その年齢構成及び賃金実態といった各企業の個別的な状況と賃上げ総額及びベアとの関係も判然とせず、原告と同様の業種における状況も不明である。加えて、平成五年度の決算書によれば、原告には、一般会計、看護専門学校特別会計及びがん検診事業特別会計の合計で五億一五〇〇万円余りと多額の繰越金があり(<証拠略>)、前記第二、一2(六)のとおり、ここ二〇年余り、原告がベアゼロの回答をした年度はなかったにもかかわらず、ベアゼロとするというのであるから、その決定に至る特段の根拠があったことを十分に説明することが必要であるが、それに関する資料の提示もなされていない。
また、早川理事は、団体交渉において、原告の財政的な観点から、賃上げ及びベアの実施は、退職金の増額など将来の原告の財政に及ぼす影響を考えておかねばならない旨の説明はしたが、退職金などにどのくらい跳ね返るかについての資料を示しておらず(前記第二、一2(七))、平成六年度は繰越金が減少するとも述べているが、その根拠を説明したり、資料を示したりしておらず、補助金の増額の見通しがないことや減価償却費の問題にも触れているが、それらについても抽象的な説明にとどまり、具体的な説明はしていない(<証拠略>)。
使用者側の団交応諾義務は、労働組合の要求に対し、これに応じたり譲歩したりする義務まで含むものではないが、前記のとおり、右要求に応じられないのであれば、その理由を裏付ける資料を示して十分説明し、納得が得られるよう努力すべきであり、原告としては、ベア実施という補助参加人らの要求を検討し、ベアの実施には依然応じられないとしても、その理由を客観的な裏付け資料を示した上、十分に説明するなどして納得が得られるよう努力すべきである。しかし、右によれば、原告が団体交渉において補助参加人らに対して示した資料は、いずれも原告がベアゼロとする根拠としては不十分であることは明らかである。後記のとおり、原告は、複数賃金体系導入交渉の糸口にするためにベアゼロの主張に固執しているのであって、このような原告の団体交渉における態度は、現行の賃金体系を前提に、補助参加人らの要求を真摯に受け止め、これをよく検討したうえ、補助参加人らの要求に応じられないことを納得させようとするものではなく、既定の結論を押し付けるものであって、誠実性を著しく欠く態度と認められ、労働組合法七条二号に該当する不当労働行為であるといわざるを得ない。
二 原告の主張について
1 原告は、補助参加人組合の組合員が原告の各課等の課長、室長等を務めていることから、団体交渉において資料となる原告の各方面に関するデータは補助参加人組合に熟知されているほか、補助参加人らは十分な資料を有しており、原告が団体交渉において改めて形式的に提出することは無駄であり、その必要性はない旨主張する。
しかし、まず、組合員が課長等の職制の立場で知り得たデータを直ちに組合活動の資料とするならば、地位利用、守秘義務違反の責めを問われることになりかねないことは被告主張のとおりである。
また、確かに、(証拠略)によれば、補助参加人らは、一九九四年度分賃金・労働条件実態調査集計表(<証拠略>)、平成六年病院経営実態調査報告(<証拠略>)、「賃金事情」企業別九五モデル賃金実態資料(<証拠略>)、「賃金実務」一九九五年四月一日号(<証拠略>)、「賃金事情」一九九五年一月二五日号(<証拠略>)、大阪府医師会職員組合第一三三回定時総会・資料(<証拠略>)といった資料を入手し、分析しており、これらの資料については、原告らに示してもらう必要はないと考えていたことが認められる。しかし、原告としては、補助参加人らが別途入手可能な資料であっても、ベアゼロの根拠として必要なものであるならば、少なくとも当該資料を提出して説明する意向であることを表明した上で、その必要性については補助参加人らの判断にゆだねるべきである。
さらに、原告は、その個々の会員や病院のデータの収集が困難であると主張するが、例えば、原告における人件費の割合、ベアの実施が会費、補助金等収入に占める人件費の割合、退職金の増大(なお、原告は、退職金に跳ね返る金額については、計算をするまでもなく全員が知っていることである旨主張するが、補助参加人らとしては、原告から根拠を示し、それに従った説明を受けるまでは、ベアゼロの根拠が退職金の増大にあることは分からないのであるから、まず、原告が資料を作成して、説明をすべきであり、原告の主張は採用できない。)や繰越金の減少に及ぼす影響など原告の固有の事情については、資料の作成は十分可能である。
したがって、初審命令及び本件命令が漠然として曖昧な内容であるということはできず、本件命令が違法である旨の原告の主張は理由がない。
2 ところで、原告は、補助参加人らとの間に、賃金体系に関する根本的な認識、見解の相違があり、そのような場合、ベアを実施するかしないかは、基本的な賃金に関する考え方の問題であり、現行賃金体系の是正とその根拠、世間相場の動向等を説明することで、団体交渉における使用者の対応として必要にして十分であるとし、第九回及び第一〇回団体交渉において、早川理事が、単一賃金体系は、能力や働きに応じた合理的なものではなく、悪平等をもたらす不合理なものであり、ベアの実施はそれを拡大することになることを理由に複数賃金体系への変更が必要であることを説明したところ、補助参加人組合の方が交渉を打ち切った旨主張するので、この点について検討する。
原告は、単一賃金体系を採用しているところ、昭和五九年、補助参加人組合に対し、複数賃金体系を提案したが、紛糾したため、地労委にあっせんを申請したことは当事者間に争いがない。そして、(証拠略)及び弁論の全趣旨によれば、原告が地労委にあっせんを申請した際、地労委において「賃金体系問題検討委員会」が設置され、延べ一七回にわたる委員会開催の結果、昭和六一年、最終的に、「原告の基本賃金表は一本とする。課長に昇格すれば、基本給三パーセント(その後四パーセントに増額)+(六〇〇〇円~一万円)の加算を行う。」という職務職階級的要素も導入した内容で労使間が合意し、それ以後の労使間の協議に関して「基本労働協約」を締結したこと、その後、平成四年までに春闘の際、二回ないし三回、原告は、複数賃金体系の採用に同意する場合と単一賃金体系を継続する場合とに分けて二とおりのベア実施額を回答したため、容易に合意に至らなかった年度があったことが認められる。
右によれば、従来から原告と補助参加人らの間には、賃金体系を巡って見解の相違があったことは明らかであるが、平成五年以降、春闘の際に原告が賃金体系の問題を持ち出すことはなくなり(<証拠略>)、平成七年度の春闘においても、第八回の団体交渉の終了後、補助参加人組合が地労委にあっせんを申請した際に、原告が賃金体系に関して主張するまで、団体交渉において賃金体系に関する問題が話題になったことはなかったのであり(前記第二、一2(二)、(五)、(七)ないし(一〇)、(一二)、(一三))、原告は、賃金体系の変更について、あらかじめ補助参加人組合に対し、具体的な提案を示した上で春闘とは別途改定協議の申入れを行ったり、団体交渉の議題としたりすることをせず、団体交渉も第九回に至って初めて賃金体系の問題について言及したばかりか、その段階においても複数賃金体系についての具体的な案を提示するなどした形跡もない(前記第二、一2(一四)、(一五)、(一七))。もっとも、(証拠略)によれば、早川理事が補助参加人組合に対し、原告が賃金体系の変更を希望していること及びその理由として、単一賃金体系は悪平等をもたらす不合理なもので、ベアの実施は悪平等を拡大することになることなどを説明していること、第一〇回団体交渉において、補助参加人らから団体交渉打ち切りを発言していることが認められる。しかし、既に述べたとおり、原告は補助参加人らに対し、複数賃金体系の具体案を提示しているわけではなく、(証拠略)によっても、早川理事が現行の単一賃金体系が悪平等をもたらす不合理なものであることについて具体的な事実、数値を示すなどして説明したことも認められない。このように、補助参加人らとしても検討のしようもない状況で、複数賃金体系導入のための交渉の糸口にするためにベアの実施には応じないとする原告の態度は、不誠実であるといわざるを得ない。しかも、既に認定した賃金体系の問題を巡る過去の紛争の経緯に照らせば、賃金体系の問題を持ち出せば、団体交渉が紛糾し、平成七年度の賃上げ交渉が容易に合意に至らないことは、双方にとって十分推測できたというべきであって、これまで単一賃金体系の下でベアを実施してきたにもかかわらず、原告が右のような態度に固執する(前記第二、一2(一五))以上、補助参加人らとしては、団体交渉の進展に対する希望を失いその打ち切りの発言をしたとしても、やむを得ないものであったというべきであるし、補助参加人らがその後地労委へ不当労働行為救済の申立てをしていること(当事者間に争いがない。)からすれば、右事実及びその後補助参加人らが原告に対し、団体交渉の申入れをしなかったことをもって、原告の対応が誠実であったということにはならない。
そうすると、賃金体系の問題について、労使間に根本的な認識、見解の相違があることをもって、ベアゼロの理由として、単一賃金体系の是正とその根拠、世間相場の動向等を説明することで使用者の対応として必要にして十分ということはできない。
3 右によれば、原告がベアゼロの回答をしたのに対して補助参加人らがその根拠を明確にするよう要求したにもかかわらず、原告は、その直接的な根拠を具体的に説明し、その裏付けとなる客観的な資料を示さず、賃金体系の変更というベアを実施するかしないかとは別の問題について一方的に自己の主張を繰り返すばかりであったというほかないから、誠意をもって団体交渉に当たらなかったものとして、不当労働行為になるというべきであり、原告の主張は理由がない。
三 被救済利益について
前認定のとおり、原告は、補助参加人らとの団体交渉の過程で、平成七年のベアゼロとする直接的な根拠を具体的に説明したとはいえず、複数賃金体系の具体案も示さないまま、単一賃金体系を是正しなければならないと抽象的に述べるのみで、複数賃金体系導入のための交渉に応じなければ、ベアゼロの回答を変更することはできないとの主張に固執した結果、平成七年度の賃上げについていまだ解決していない。原告は、これまで単一賃金体系の下でベアを実施してきた経緯からすれば、右のような態度を改め、平成七年度の賃上げについてベアゼロとする合理的な根拠を明らかにすべきであるのに、これを怠っている。そして、補助参加人らは、こうした原告の対応から交渉の進展は望めないと判断して、第一一回団体交渉の後、団体交渉の申入れをせず、地労委に不当労働行為救済の申立てに及んだものである。
右の事情からすれば、原告は、前記第二、一(一六)(ママ)の地労委における「原告と補助参加人組合は、平成七年度賃上げ等について、引き続き誠意をもって交渉する。」との合意を履行したものとはいえず、依然ベアゼロの根拠を説明したり、資料を示さないままで、いまだ平成七年度の賃上げ問題も解決されていないから、被救済利益は失われていないというべきであり、原告の主張は理由がない。
四 以上の次第で、本件命令には原告が主張するような違法はなく、本件命令は適法であって、原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条、同法六六条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 髙世三郎 裁判官 松井千鶴子 裁判官 植田智彦)